〇 No.12 宝珠院観音堂(2015.07.) 

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 宝珠院観音堂は、北総台地を浸食して流れ出る浦部川の周辺に広がった水田地帯に突き出した台地の突端で、スギやスダジイなどの巨樹が茂る閑静な森の中にある。水田地帯からは急な勾配の石段を登ったとろにある。宝珠院は、貞観年間(859〜877)開基と伝えられる古刹であるが、現在は、一般に「光堂」と呼ばれている、この観音堂を残すのみとなっている。  
 宝珠院観音堂は正面3間、側面3間の方三間ので、屋根は勾配を大きくつけた茅葺寄棟造の堂である。正面は両開きの桟唐戸があり、周囲に切目縁をめぐらし、柱はすべて円柱で、内部は後部2間が仏を祀る内陣、前部1間が外陣という構造になっている。  
 この堂は、臨済禅が中国唐代の様式を伝承して建てられた禅宗様式のお堂で、軒は一軒疎垂木で、内部の造りは簡素化されているが、仏像などを安置する須弥壇、本尊後方の左右の来迎柱は漆塗で、厨子、天井や壁上部の組物の一部にも美しい色彩装飾が施される。   
 昭和28年(1953)から29年(1954)の解体修理によって、厨子内に永禄6年(1563)の墨書銘が発見され、厨子の製作時期が判明した。堂の建立も構造的特徴から、ほぼ同時期と推定される。 (在 印西市小倉三門口台)
  以下、禅建築様式の用語解説を片手にお堂の姿の自己解釈を試みた。
(撮 影 2015.06.17.)

浦部川 石段 堂 茅葺屋根 垂木 縁側 厨子 スギ 里道
  

北総台地の菜園から季節の便り(2015.07.)から

  

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